はじめに
この記事では筋腱複合体について解説する。筋腱複合体とは、腱と筋肉を一つの構造物として認識する概念である。筋腱複合体の理解は、筋力トレーニングにおいて重要である。なぜなら、力発揮は腱の弾性力と筋収縮の和だからだ。仮に同じ重量であっても、90%が腱の弾性力で扱われてしまったら、筋肥大効果が少なくなることが分かるだろう。
筋肥大を最大化するためには、筋力トレーニングで狙った部位の筋繊維すべて負荷をかけていくことが重要になってくる。筋腱複合体を理解し応用することは、多くの筋繊維を動員することに貢献する。
以上のことから、筋腱複合体の理解が筋肥大において重要である。この記事では筋腱複合体について解説し、それをどうトレーニングに応用するかまで解説する。
筋腱複合体
弾性力
https://sports-science.ajinomoto.co.jp/thm07_joint-tendon/より引用。
弾性力とは、「変形した物質体が、その変形の原因となった力を取り除くと、元の形や大きさに戻る能力」と定義される。腱は弾性力を持ち、外部の負荷を蓄積し、伸ばされたり縮んだりすると強い力で元の形に戻ろうとする。
腱が元の位置まで戻る際に発揮される力が弾性力であり、弾性力にはフックの法則が適応される。
https://www.bio-meca.com/en/glomeca-3-hookes-law/より引用。フックの法則(F=-kx)を表した図。フックの法則とは、ばねの伸びは加えた力に比例するという法則である。 (F:弾性力の大きさ、k:ばね定数、x:ばねの変位)
ヒトの運動は、骨格筋の収縮だけでなく腱の弾性力も共同して達成される。この骨格筋と腱の性質を合わせて筋腱複合作用といい、骨格筋と腱を一つの構造とみる概念を筋腱複合体という。
弾性力の効果
パワーリフティングやアームレスリングといった競技が目的ならば、腱の弾性力は大きな効果を発揮する。なぜなら、これらは絶対的重量の向上が目的であり、力発揮の性質は問われないからだ。また腱の弾性力が運動に占める割合を高くすることは、骨格筋の疲労を少なくすることにもつながる。
例えば立位の状態からそのままジャンプするよりも、立位から深くしゃがみこんで、その勢いのままジャンプする場合を比較すると、後者の方が高く飛ぶことができる。これは加速度によって伸ばされた腱が元に戻る力が、筋収縮に追加して発揮されたからだ。
例えばアームレスラーは動作の最初に上腕屈筋群の筋肉を収縮させきってから、腱の弾性力を利用して相手を倒す。アームレスラーの動作中の上腕屈筋群は常に等尺性収縮であるといえる。こうすることで、相手の力が自分の腱を引き延ばし、骨格筋が発生させるよりも強い力を弾性力で発揮することができるのだ。
このような腱の効果は、絶対的な重量向上を目指すパワーリフティングや、アームレスリングといった競技で有利に働く。以上のことから、絶対的な重量向上を目指す場合、腱の弾性力は大きな効果を発揮する。
筋力トレーニングへの応用
弾性力の消失
筋肥大が目的の場合、腱の弾性力は可能な限り消失させることが求められる。なぜなら、筋肥大のためには多くの筋繊維を運動に動員させたいからだ。
腱の弾性力を使ってあげた負荷は、筋繊維で仕事をせずに扱った負荷なので筋肥大効果は薄くなる。腱の力80%で挙げた100㎏よりも、骨格筋の力80%で挙げた60㎏の方が、骨格筋にかかる負荷は高くなる。
以上のことから、筋肥大を目的とする場合には腱の弾性力は消失させることが求められる。
ネガティブ局面を止めるように行わない
腱の弾性力を消失する方法の一つとして、ネガティブ局面を止めるように行わないことが効果的である。なぜなら骨格筋の等尺性収縮が腱を引き伸ばす要因になるからだ。
フックの法則を思い出してほしい。腱はフックの法則に従い、外部の負荷によって引き伸ばされると元に戻る性質がある。
腱は不随意的構造物で形の変化が外部の負荷に依存している。一方で筋肉は随意的構造物である。フックの法則と腱の構造的特徴から、ネガティブ局面での止める動作(骨格筋の等尺性収縮)は腱にとって外部の負荷となる。そして腱が引き伸ばされ腱の運動に占める割合が高くなる。逆にボトムポジションにて腱と骨格筋が同時に伸展すると、腱の伸展の程度が小さくなり腱の弾性力は少なくなる。

以上のことから、ネガティブ局面を止めるように行わない方が効果的である。感覚的に言うとエキセントリック収縮でグッ、グッと所々で止めない意識である。
以下に世界的アームレスラーであるDevon Larrattの腕トレの一部と、トップボディビルダーのフィルヒースの上腕屈筋群のトレーニング動画を示す。両者はトレーニングをする目的が異なるので、同じ腕トレでも降ろし方や使う筋肉、テンポなどが異なる。
ボトムとトップで0.5~1秒静止する
ボトムとトップで0.3~1秒動作を止めることも有効である。なぜならこうすることでトップとボトムで発生する加速度を減少させることができるからだ。
例えばベンチプレスのボトムで重りをバウンドさせると、身体の腱が強く引き延ばされ高い弾性力が発揮されるのだ。一方ボトムで重りの動きを止めてから重りを挙げると、ボトムで引き伸ばされた腱が元の一に戻り腱の弾性力が消失するので、運動の多くを骨格筋の収縮で行うことになる。発揮される力は後者の方が前者よりも小さいが、筋繊維の動員数は後者の方が多くなる。
以上のことから、ボトムとトップで0.3秒~1秒止めることが有効である。
トップビルダーの一人、Nick Walker のトレーニングフォームは、絶妙なネガティブ局面の耐え方と、ボトムとトップの徹底が行われているので参考になる。
https://www.youtube.com/watch?v=OjRIVlSj6YMより引用。IFBBプロボディビルダーのNick Walkerのネガティブ局面はこの絶妙なエキセントリック収縮であり、参考になる。
まとめ
この記事では筋腱複合体とそれの応用について解説した。
筋力発揮は、筋肉の収縮と腱の弾性力の合計であり、同じ重量でも腱の弾性力に頼る割合が高ければ、筋繊維への負荷が減り、筋肥大効果が低下する。パワーリフティングやアームレスリングなど絶対的な力の発揮を重視する競技では、腱の弾性力が有利に働く。
筋肥大を目的とする場合には、腱の弾性力を可能な限り排除し、筋肉に直接負荷をかけることが求められる。その方法として、ネガティブ局面を止めるように行わず、動作のトップとボトムで0.3〜1秒静止することが有効だ。こうすることで弾性力を抑え、筋繊維の動員を多くできる。目的に応じて腱の力を使い分けることが、効果的なトレーニングに繋がる。
コメントを残す