はじめに
この記事では、漸進的オーバーロードを構成する要素の、重量オーバーロードと回数オーバーロードについて解説する。同時に解説する理由は、これらが相互に関係しているからだ。この関係を表したものをRM換算表という。
https://barbend.com/build-your-1-rep-max-calculator/より引用。RM換算表。
例えば100㎏のベンチプレスを1回できる場合、RM換算表に基づくと、70㎏のベンチプレスを11回できると計算することができる。RM表に基づくと、高回数であるほど使用重量は低重量になるし、高重量になるほど回数は低回数になる。
以上のことから、この記事では重量オーバーロードと回数オーバーロードを同時に解説する。RM換算表の正しさについてはわからないが、筋肥大のためのレップ数と重量を管理する道具としては扱いやすいので、この記事ではRM表に基づいて重量と回数を管理する。
この記事を読むことで、重量と回数がどのように筋肥大に関わるかということと、筋肥大を目的としたときの使用重量と回数の最適化が達成される。
重量オーバーロード
高重量でも低重量でも筋肥大は起こる
高重量であっても低重量であっても、オーバーロードが達成できているなら、筋肥大は発生する。なぜなら恒常性を破壊することができているからだ。
重量に関係なく筋肥大が発生することは、研究及び経験上多くの人が理解しているはずだ。
60%1RM以下でトレーニングする低負荷グループと、60%1RM以上でトレーニングする高負荷グループでの筋肥大効果の差を調査した研究では、筋肥大に関しては両グループ間で有意差は見られなかった。
一方で筋力に関しては高負荷グループは1RMの向上に明確な有意差を示し、低負荷グループと比較してほぼ確実な差があると推定された。
こちらの研究では、トレーニングボリュームを等しくした状態で、片方の群は10RMで3セットのトレーニングを行った。もう片方の群は3RMで7セットのトレーニングを行った。結果として後者ではベンチプレス、スクワットの1RMが有意に向上したが、筋肥大において両者に有意差はなかった。
上の二つの研究は低重量と高重量での筋肥大効果を比較したものである。両方とも、筋肥大効果は同じであるが筋力は高重量群の方が増加した、という結果を報告している。
以上のことから、オーバーロードを前提として、重量に関係なく筋肥大が発生することが分かる。ちなみに筋肥大が見込まれる重量の下限は20%1RMといわれている。
13人の被験者に、肘関節の屈曲(レッグカールの動き)とレッグプレスを用い、重量による筋肥大の効果の違いを調べた。結果として、20%、40%、60%、80%1RM、にて、40%、60%、80%1RMでは同等の筋肥大が生じたのに対して、20%1RMでは、筋肥大の度合いが急激に低下した。
20%1RMは100㎏ベンチプレスができる人にとってのバーのみに相当するので、かなり軽い重量であることが分かる。
以上のことから、オーバーロードが達成できているなら、20%1RM以上の重量であれば筋肥大が発生するといえる。
重量オーバーロードと回数オーバーロードの比較
基本的には、重量オーバーロードと回数オーバーロード筋肥大における有意差はないと思われる。例えば重量より回数でオーバーロードした方が多く筋肥大するようなことは少ないと思われる。逆も然り。
スクワット、レッグエクステンション、カーフレイズ、シーテッドカーフレイズで、使用重量をそのままにして回数を増やすグループと、回数をそのままにして重量を伸ばすグループに分けて筋肥大の差が調査された。この研究の実験期間は8週間で、実験期間終了後にスミススクワットにて1RMが測定され、大腿直筋と外側広筋、ヒラメ筋と腓腹筋での筋肥大が測定された。この研究の被検者は43人で重量群は男性13人女性9人、回数群は男性21人女性7人であった。
結果として、大腿直筋では回数の方がやや多く筋肥大が見られ、筋力に関しては重量群の方が増加したが、その他の有意差は見られなかった。
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/36199287/及びhttps://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/38286426/参照。
これらの研究では、回数オーバーロードと、重量オーバーロードでの筋肥大効果が比較された。結果として、大腿直筋に関しては回数の方が重量よりも多くの筋肥大が報告された。外側広筋で同様の結果を報告する文献もみられるので、大腿四頭筋に関してはある程度の重量まで到達したら回数オーバーロードを優先すると良いかもしれない。
ただ他の筋肉では有意差が見られなかったので、基本的には回数であろうと重量であろうとオーバーロード出来ていれば同等の筋肥大が発生するものと思われる。またこれらの研究結果は、筋力を伸ばすには重量を伸ばすという先の研究結果を補強している。
以上のことから、基本的には、筋肥大においてオーバーロード間での有意差はないと思われる。
重量選択と筋肥大様式の違い
重量設定によるオーバーロードの有意差はないと思われるが、筋肥大の内容には差が存在すると思われる。なぜなら筋肥大には筋原線維肥大と筋形質肥大が存在し、それらのトリガーが異なるからだ。
筋肥大には「筋原線維肥大」と「筋形質肥大」という二つの様式が存在している。これらはともに筋肥大という結果を発生させるが、結果を発生させるためのトリガー及びプロセスが異なる。
筋原線維肥大とは、筋繊維の最小単位かつ筋繊維の収縮に関与する組織である筋原線維が肥大する現象である。一方で筋形質肥大とは、筋形質を覆う細胞膜が肥大することで、筋形質(細胞における細胞質にあたる部分)の体積が大きくなる現象である。
どちらも筋肥大という結果をもたらすが、筋原線維肥大は収縮のための組織が大きくなるため筋肥大に追加して筋力の向上という効果も有する。しかし筋形質肥大では筋力向上は起こらない。
筋形質肥大についてはこちらの記事で解説しているので参照してほしい。
筋原線維肥大のトリガーは、トレーニングを通じて発生する物理的な張力が筋繊維にかかることで発生するといわれている。一方で運動中に蓄積する代謝物やパンプが筋形質体積を増加させ、内側から細胞膜に張力がかかることで、筋形質肥大のトリガーが発生する発生するといわれる。
重量オーバーロードで挙げた複数の研究論文で、低重量群と高重量群で筋肥大に有意差はなかったが、高重量群の方が筋力が有意に向上したという結果が報告されている。この結果と筋肥大様式の違いを合わせると、高重量を使用すると筋肥大に占める筋原線維肥大の割合が多くなり、低重量を使用すると筋肥大に占める筋形質肥大の割合が高くなると解釈できる。
簡単に言うと筋原線維肥大はメカニカルテンションをかけながら使用重量を伸ばすことで達成でき、筋形質肥大は対象筋に短時間で集中的にメタボリックストレスをかけることで達成できる。この特徴からも、低重量高回数トレーニングの方が筋形質肥大をおこしやすいと考えられる。
以上のことから、重量の違いによって筋肥大の差はないが、筋肉量の増加様式には違いがあるといえる。
筋原線維肥大の重要性
最後に、筋形質肥大に全振りすればよいのではという意見が出てきそうだが、長期的なオーバーロードには筋原線維肥大が必要である。なぜなら最終的にオーバーロード出来る要素は使用重量(≒筋力)のみになるからだ。
まず1セッション当たりのセット数にはある程度の閾値があり、後述するが筋原線維肥大も筋形質肥大もいい塩梅で狙えるレップ数が存在する。つまりセット数オーバーロードと回数オーバーロードにも閾値がみられる。セット数と回数が最適化され、筋肥大のための仕事率も最適化した場合、最終的にオーバーロードできる要素は使用重量(≒筋力)のみになる。
以上のことから、長期的オーバーロードには筋原線維肥大が必要である。
回数(レップ数)オーバーロード
価値あるレップとは
1セットのすべてのレップが同等の筋肥大効果を有するわけではない。なぜなら限界に近いほど動員される筋繊維が多くなるからだ。
動員される筋繊維が多いほど、対象筋にかかる負荷は大きくなるので、最後のレップの方が最初のレップよりも筋肥大における価値が高いといえる。
以上のことから、筋肥大のために限界に近いレップを狙うことは絶対条件といえる。トレーニングボリュームを稼ぐことができるからといってレップを稼げばよいわけではない。筋肥大効果が高いレップを稼ごう。
詳しい内容については、サイズの原理と筋肥大誘発レップについて解説した記事を参照してほしい。
高回数への懐疑
限界近くまで反復する条件だけならば、高重量提起数よりも低重量高回数の方が筋肥大効果が多いことになる。なぜなら1セット間で対象筋にかかる張力が多くなるからだ。
助走のレップでも筋繊維は動員されるので、むしろ高回数の方が限界まで行ったほうがトータルの筋繊維動員数は高くなる。例えば20レップと8レップでは、本当の限界までやった場合には20レップの方が助走が長いので動員された筋繊維の数は多い。
結論として、6~12回できる重量が筋肥大を狙う上で効果的であると筆者は考える。これはエネルギー供給系と筋原線維肥大及び筋形質肥大のトリガーを理由としている。これについては後述する。また高回数を優位とする理論は、限界に近づくことが精神的にきついことと、リターンに合わない過度なエネルギー消費が必要になることを無視しているので、再現性が低いと主張する。
エネルギー供給系概要
回数は大きく低回数(1~5回)、中回数(6~12回)、高回数(12回以上)の3つに分けることができる。回数を分ける基準は、骨格筋を収縮する際に使用されるエネルギー供給系である。
ヒトの身体は骨格筋だけでなく筋肉を収縮させるためにATPを産出する。このATPが加水分解によってADPに分解されるときに放出されるエネルギーが筋肉の収縮に使用される。
ATPを産出する過程はATP-PCr系、解糖系、酸化的リン酸化系の3種類があり、酸素の有無で無酸素系(ATP-PCr系、無酸素解糖系)と有酸素系(有酸素解糖系、酸化的リン酸化系)に分けられる。
それぞれのATP産出過程は、ATP-PCr系、無酸素解糖系、有酸素系の順に複雑になる。翻すとATP-PCr系が最速でATPを産出できることを意味している。
つまり瞬発的な運動若しくは高重量を扱う低回数の運動では使用されるエネルギーの多くがATP-PCr系から、中回数の運動では無酸素解糖系から、高回数の運動では有酸素系から供給される。
ATP-PCr系はリン酸とADPが結合することでATPが再生される。ATP再生に使用されるエネルギーは、クレアチンリン酸がクレアチンとリン酸に分解された際に生じたエネルギーに由来する。
ATP-PCr系は他の供給系と比較して組織を介してATPが産出されないので過程が単純で、即座にエネルギーを供給することができるというメリットを持つが、持続的にエネルギーを供給することができないというデメリットも持つ。
出典:Physiology of Sport and Exercise 5th edition p55
解糖系はグルコースを分解することでATPを産出する供給系である。無酸素解糖系と有酸素解糖系の違いは過程の最後でつくられるピルビン酸の性質であり、無酸素系ではピルビン酸は疲労物質である乳酸に変換される。一方で有酸素系ではピルビン酸は乳酸ではなくアセチルCoAに変換される。そしてアセチルCoAは有酸素系のクエン酸回路にはいり、ATP産出に利用される。
無酸素解糖系の特徴として乳酸の蓄積がある。解糖系エネルギーが支配的になっている際の乳酸濃度は安静時の25倍ともいわれており、乳酸が筋肉内に蓄積し筋肉が酸性化すると、解糖系酵素の機能が低下するためグリコーゲンのさらなる分解が抑制されてしまう。さらに乳酸による筋肉の酸性化により筋繊維が収縮するために必要なカルシウム結合が阻害される。以上のことから、嫌気性解糖により蓄積される乳酸は疲労を誘発し、運動の継続を困難にしてしまう。
有酸素系の場合疲労物質である乳酸をアセチルCoAに変換することで上記のような事態を回避し長期的運動を可能にしている。有酸素系での脂質からのATP産出についてはここでは解説しない。
回数の最適化
高回数トレーニングでは成長ホルモンやテストステロンといったホルモンの分泌が増加するため、高回数トレーニングはホルモンの観点から筋肥大に貢献すると主張する文献が存在するが、内因性ホルモン分泌は筋肥大に貢献する度合いが少ない。なぜならトレーニングを通じて分泌される内因性ホルモンは外部から投与されるホルモンの量と比較してかなり少なく局所的だからだ。
例えば内因性テストステロンに関しては血中濃度がトレーニング後3時程度で通常に戻る。
メタボリックストレスには、水のむくみや代謝物蓄積といった細胞内の体積の変化と、前述したホルモン分泌の二つがあるが、トレーニングによる内因性ホルモン分泌は筋肥大のトリガーを引き起こすには局所的すぎる。以上のことから、メタボリックストレスによる内因性ホルモン分泌が筋肥大に貢献する度合いは少ない。
低回数も中回数も、共に筋肥大に貢献するが、特に中回数の方が筋肥大に大きく貢献するといわれている。中回数の方が低回数よりも筋肥大に貢献する理由は無酸素解糖系がエネルギー供給に置いて支配的になるからだ。
低回数のトレーニングは使用されるエネルギーがATP-PCr系によって賄われるが、中回数のトレーニングは無酸素解糖系によって賄われる。中回数のトレーニングでは代謝物が大きく増加するという特徴があり、この特徴は低回数及び有酸素系が有意になる高回数にはない特徴である。なぜなら有酸素系は代謝物をATPに変換することで継続的な運動を可能にしているからだ。
また中回数トレーニングでは、急性的な細胞水和の増加を引き起こす。これは「パンプ」といわれる現象である。パンプという現象ついてはここでは説明しないが、パンプの結果として、細胞外と細胞内で圧力が変化し、浸透圧の関係から細胞内への水分の流入が促進される。この現象が筋形質肥大に効果的であることはここまで読んでいれば理解できるはずだ。
以上のことを踏まえると、筋原線維肥大も筋形質肥大も良いバランスで見込める回数は中回数(6~12回)であると考えられる。RM法に基づくと67%1RM~85%1RM程度になる。
「6~12回できる重量を向上させていく」この形が重量及び回数オーバーロードの基本となる。例えば筆者はレッグエクステンションの場合8~10回を狙う。まず8回できる重量をRM換算表に基づいて算出し、その重量が10回できるように回数オーバーロードをとる。10回できるようになったら11回を狙うのではなく、RM換算表に基づいて8回できる重量を算出し重量オーバーロードをする、という形でオーバーロードをする。
まとめ
今回は、筋肥大のための「重量オーバーロード」と「回数オーバーロード」について解説した。
重量と回数はRM換算表に基づいて相互に関連している。低重量でも高重量でもオーバーロードが達成されていれば筋肥大は発生し筋肥大のに有意差はないが、重量の違いは筋肥大様式に影響を与える。高重量は筋原線維肥大、低重量は筋形質肥大を促しやすい。長期的なオーバーロードには筋原線維肥大が必要になる。
筋肥大には「価値あるレップ」が重要であり、限界に近い反復が求められる。エネルギー供給系及び筋肥大のトリガーから考えると、6~12回できる重量の範囲でオーバーロードを達成することが最適と考えられる。
コメントを残す