はじめに
筋力トレーニングは身体の恒常性を一時的に破壊する行為であり、破壊された恒常性に筋肥大という形で身体は適応する。そして筋肥大を最大化するためには、筋力トレーニングで狙った部位の筋繊維すべてにメカニカルテンションをかけていくことが重要になってくる。
この記事では多くの筋繊維を動員するための理論であるサイズの原理を解説し、それを筋力トレーニングにどう応用するか解説する。
サイズの原理
サイズの原理を理解する前に前提知識であるモーターユニットと全か無の法則について解説する。
モーターユニット
https://www.docplexus.com/posts/-the-pattern-of-motor-neuron-discharge-and-the-characteristics-of-the-motor-unitより引用。モーターユニットを表した図。αモーターニューロンが活性化すると、ニューロンによって支配されている筋繊維が刺激され収縮する。
活動電位の流れは、脳→神経→神経→…→筋肉と流れる。神経から筋肉へ活動電位を伝達する役割を担うのがαモーターニューロンで、一つのαモーターニューロンと、それがシグナルを伝達するすべての筋繊維をまとめてモーターユニット(運動単位)という。
https://www.unm.edu/~lkravitz/Exercise%20Phys/neuromuscular.htmlより引用。
運動ニューロンと筋繊維間のシナプス、若しくは間をNeuromuscular junction(神経筋結合部)という。ここが神経と筋肉へ活動電位が伝導する場である。ここを通して神経と筋肉系とやり取りが発生する。
筋収縮はモーターユニットを一つの単位として起こっており、筋収縮と負荷は基本的に相関関係にある。モーターユニットの特徴から導かれる原理、法則としてサイズの原理、全か無の法則というものがあり、モーターユニットをいかに運動で動員するかが筋肥大用のトレーニングで重要になる。
全か無の法則
「個々のモーターユニットは収縮するか収縮しないかという二つの様式しか持たない」ことを全か無の法則という。
αモーターニューロンが運動単位内に活動電位を経由する際、モーターユニットすべての筋繊維が力を発揮する。運動単位をより活性化させることが、骨格筋がより多くの力を発生させる方法である。
少ない力発揮の際には、少ない運動単位が動員される。筋繊維の種類についてこの記事では詳しく述べないが、ヒトの筋繊維は収縮速度、最大発揮できる筋力といった特徴の違いからⅠ型繊維とⅡ型繊維に大きく分類される。
Ⅱ型繊維はⅠ型繊維と比較して収縮速度が強く最大発揮できる筋力が大きいため多くの筋繊維、運動単位を含んでいる。骨格筋の収縮の際には、強度が高くなるにつれてⅠ型繊維→Ⅱ型繊維と段階的に運動単位が動員される。
運動単位では一般的に、筋繊維が決まった順序で活性化され動員される。換言すれば、特定の筋肉の運動単位は順位付けがされている。例えば大腿四頭筋を例に大腿四頭筋全体で400の運動単位が存在するとする。大腿四頭筋全体の運動単位には1~400まで順位付けがなされており、微細な動きの際には順位1の運動単位のみが動員され、負荷が最大筋力に近づくにつれ2、3、4と動員される運動単位数が増加していく。通常ある力を生み出すためには、おなじ運動単位が同じ順番で動員される。
運動単位には、活性化して100%の力を発揮するか活性化せずに0%の力を発揮するかの二つしかないのだ。最大筋力の20%の負荷で運動した際に、対象筋の筋繊維すべてが20%の力を発揮して運動するのではなく、対象筋の20%が運動に参加し80%は運動に参加していない。
このように、個々の運動単位は収縮するか収縮しないかの二つの様式しか持たないことを、「全か無の法則」という。
サイズの原理
サイズの原理とは、「運動単位の動員についての順序は、強度に依存して小さい単位から大きい単位の順で動員される」という原理である。
小さな運動単位は運動の最初に動員される。Ⅰ型繊維は小さな運動神経を有しているから、低強度な運動や、高頻度な力の生成が要求される運動で最初に動員される。Ⅱ型繊維は、増加した運動を行うための力が必要になった際にはじめて動員される。
サイズの原理は、多くの運動単位を動員することでより大きな力を生み出すことができることを説明しており、これは対象筋にかかる負荷が大きくなるほど動員される運動単位、つまり多くの筋繊維が動員されることを意味している。
サイズの原理の考察
サイズの原理に基づくと、多くの筋繊維を運動に動員する方法として、対象筋へかかる負荷を大きくすることと、小さな運動単位が疲労するまで運動継続することの二つが考えられる。
前者について、使用される負荷とモーターユニットの動員数には一定の相関関係がある。
この研究では、トレーニング経験者11名が、MVC(最大随意収縮)の60~90%の強度でベンチプレスを行い、ベンチプレス中の大胸筋、三角筋前部、三角筋後部の筋活動が筋電図で評価された。結果として筋活動は60%~70%、70%~80%までは有意に増加したが、80%~90%の間では有意差がなかった。
https://journals.lww.com/nsca-jscr/Fulltext/2014/06000/Relationship_of_Pectoralis_Major_Muscle_Size_With.33.aspxより引用。この図はベンチプレスの1RMと大胸筋の筋断面積に強い相関関係があることを示している。
後者について、何時間も継続する運動は最大筋力下で行われ、骨格筋への張力は強くない。結果として、神経系は持久的運動に適した筋繊維であるⅠ型繊維といくらかのⅡ型繊維を最初に動員して運動を継続する。運動が継続しⅠ型繊維が疲労すると、神経系はそこで初めてより多くのⅡ型繊維を動員して運動を維持しようとする。Ⅰ型繊維が完全に疲労して初めてⅡ型繊維が動員される可能性が出てくるのだ。
Ⅱ型繊維がⅠ型繊維より早い収縮速度を持つということから、負荷を素早く動かそうとする際(爆発的挙上)に多くのモーターユニットが動員される。大きなモーターユニットを有する筋繊維はⅡ型繊維であり、これらは最大張力に達するまでの速度がⅠ型繊維と比較して速い。これらの筋繊維は速度に反応しやすく、爆発的挙上により動員されやすい。
筋力トレーニングにおいて、挙上速度をゆっくり行う群と速く行う群では、速く行う群に顕著な筋肉量の増加が見られ、ゆっくり行う群では骨格筋の活性化レベルが低下することが報告されている。
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/22328004/及びhttps://www.uwlax.edu/globalassets/offices-services/urc/jur-online/pdf/2004/egan.pdf参照。
筋肥大を目的としたトレーニングでは爆発的挙上が基本といえるだろう。爆発的挙上であって、爆発的に下げることではないので注意。
サイズの原理と筋力トレーニング
サイズの原理をに基づくと低負荷でも高負荷でもトレーニングボリュームが同じであれば筋肥大効果は同じである。しかし、最初から低負荷トレーニングで高負荷トレーニングと同等の刺激を対象筋に与えようと考えることは非現実的かつ非効率的といわざるを得ない。なぜなら、サイズの原理を理由に低負荷トレーニングは多くの時間とエネルギーを要し、限界まで反復せずに根を上げてしまうと高負荷トレーニングと同等の負荷が得られないからだ。一方で高負荷トレーニングは低負荷トレーニングと比較して最初からⅡ型筋繊維を含む多くの筋繊維が運動に動員され、多くの筋繊維にメカニカルテンションを発生させることができる。
さらに、高負荷トレーニングを採用することで、筋肥大に有効なメカニカルテンションを筋繊維に発生させるために必要なグリコーゲン等のエネルギー量も減らすことができる。このメリットは、増量期の場合は、多くの筋繊維を動員する運動のために使用できるグリコーゲンの量を増やすことを意味する。減量期の場合は、既存の筋繊維の維持のために使用されるグリコーゲン量をアンダーカロリー内のグリコーゲンで賄いやすくすることを意味する。高強度トレーニングは低強度トレーニングよりも増量期の場合は効果的筋肥大に、減量期の場合は増量期につけた筋繊維の維持に効果的である。
サイズの原理に基づくと、多くに筋繊維に刺激を与えるには高負荷トレーニングが効果的といえる。多くの筋繊維を動員するという観点から見ると、低負荷トレーニングを使う局面は高負荷トレーニングで多くの筋繊維を疲労させた状況だろう。というのもこのような状況では疲労させていない状況で行うより効率的に多くの筋繊維を動員できる可能性が高いからである。レストポーズ法やドロップセット法が有効な理由がここにある。
しかし低負荷トレーニングを最初から行うことは、高負荷トレーニングで使用したいエネルギーを使用し、また多くの筋繊維を動員するのに要する時間がかかってしまうため効果的とは言えない。
まとめ
サイズの原理とは、運動単位は強度に依存して小さい単位から動員されるという原理である。サイズの原理に基づくと、最初から高負荷を扱う方が、多くの筋繊維を最初から動員でき、エネルギーの多くを筋肥大のために使用することができる。
最初に多くの筋繊維を動員した後に、それらが回復しないうちに低負荷トレーニングを行うと、本来最初から動員できない数の筋繊維を低負荷で動員するという状況をつくることができる。この例がレストポーズやドロップセットである。
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