はじめに
この記事では、筋繊維タイプの違いと、それが筋力トレーニングに与える影響について解説する。最初にⅠ型繊維とⅡ型繊維の違いを解説する。次に研究を基に筋繊維タイプの割合によって筋力トレーニングが変わるのかを解説する。
Ⅰ型繊維とⅡ型繊維
筋繊維タイプ
筋繊維すべての特性が全く同じであるということはない。単一の骨格筋は、収縮速度と最大の力を発生させる能力の異なる筋繊維を含んでいる。筋繊維これらの特徴からⅠ型繊維(slow-twitch、遅筋)とⅡ型繊維(fast-twitch、速筋)に分けられる。Ⅱ型繊維の方がⅠ型繊維よりも最大張力に達するまでの速度が速い。
ヒトの場合、Ⅰ型繊維は1種類しか存在しないが、Ⅱ型繊維はさらに、Ⅱa型、Ⅱx型に分類することができる。タイプごとの違いは完全には解明されていないが、Ⅱa型繊維が他のⅡ型繊維より頻繁に運動に採用され、Ⅰ型繊維がⅡa繊維より頻繁に運動に採用される。そして、Ⅱx型繊維が最も使用頻度が低いとされている。
筋繊維の構成比について、多くの筋肉が、50%のⅠ型繊維、25%のⅡa型繊維で構成されており、残りの25%をⅡx型とⅡc型繊維という筋繊維が構成し、そのうちⅡc型は1~3%ほどしかない。このような構成比であるから、Ⅱc型繊維の特性にはわからないことが多い。また運動に占める役割がほとんどないため、以降Ⅱc型繊維についての説明は行わない。この構成比はおおよそを表したもので、筋繊維の構成比は骨格筋の部位、個人によって異なる。
https://neuromuscular.wustl.edu/pathol/fibtype.htmより引用。筋繊維の断面図を電子顕微鏡で観察したもの。黒い筋繊維がⅠ型繊維、一番白い筋繊維がⅡa型繊維、黒と白の中間の筋繊維がⅡx型繊維、Ⅱx型繊維のうちさらにやや黒い筋繊維がⅡc型繊維である。
Ⅰ型繊維とⅡ型繊維の特徴と違い
Ⅰ型繊維とⅡ型繊維は収縮速度と最大張力に差があるが、この差を生み出すための違いが両方にみられる。以下では差を生み出す3つの違いを解説する。
ミオシン頭部がアクチンに結合する際にはATPを消費する必要があり、ミオシン頭部にはATPaseといわれる酵素がみられる。ATPaseは加水分解を通じてATPをADPとリン酸に分解し、筋収縮を発生させるためのエネルギーを放出する酵素であり、Ⅰ型繊維は遅いタイプのミオシンATPaseを持ち、Ⅱ型繊維は速いタイプのミオシンATPaseを持つ。そのため、Ⅱ型繊維ではⅠ型繊維より速くATPが分解され、結果としてⅠ型繊維より速い収縮を実現している。
筋小胞体はカルシウムを貯蔵する役割を持ち、カルシウムイオンが放出されトロポニンが収縮することでミオシン頭部がアクチンと結合し筋収縮が発生する。Ⅱ型繊維は、Ⅰ型繊維よりも発達した筋小胞体を有している。これは、Ⅱ型繊維が刺激を受けた際より多くのカルシウムイオンを筋肉細胞に与えることができることを意味しており、これによってⅡ型繊維はⅠ型繊維より速い収縮を実現している。Ⅱ型繊維とⅠ型繊維の直径が同じであれば、発揮される力の総量は同じと考えられるが、筋繊維の収縮速度の関係からⅡ型繊維の方が同じ直径だとしても3~5倍程度速く収縮できる。これは、同じ大きさの脚を持つ人でもⅡ型繊維が多い方が短距離走で有利なことを説明している。
α運動ニューロンは筋繊維を結び支配する神経であり、1つのα運動ニューロンとそれによる神経伝達が起こる筋繊維のすべてをまとめてモーターユニットという。Ⅰ型繊維を神経支配しているα運動ニューロンの細胞体はⅡ型繊維を神経支配しているそれよりも小さく、Ⅰ型繊維のモータユニット内の筋繊維数はⅡ型繊維のモーターユニット内の筋繊維数よりも小さい。これはⅠ型繊維のα運動ニューロンが支配する筋繊維を刺激した際、Ⅱ型繊維の運動繊維が刺激した際よりも弱い収縮が起こることを意味しており、結果としてⅡ型繊維はⅠ型繊維よりも速く最大張力に到り、強い力を生み出すことができる。
Ⅰ型繊維とⅡ型繊維の運動への動員のされ方はサイズの原理に基づいて理解することができる。このサイズの原理を理解することがトレーニングで多くの筋繊維を動員することのキモとなる。ここら辺のことに関しては筆者の「トレーニングで多くの筋繊維を動員する理論と方法」で詳しく解説しているのでここでは触れない。
筋繊維タイプと筋肥大の関係
Ⅰ型繊維の筋肥大
筋繊維タイプの特徴から、Ⅱ型繊維の方がⅠ型繊維よりも筋肥大しやすいことが分かる。というのもⅠ型繊維はⅡ型繊維よりも持久的運動に働くので、ヒトの身体にとって肥大させるメリットが少ないからである。Ⅰ型繊維の筋肥大は発生するのか。
Ⅰ型繊維は漸進的過負荷を与えた場合Ⅱ型繊維と同様に筋肥大することが報告されている。また持久的運動では筋繊維の肥大が見られなかった。
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/11350263/及びhttps://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/29447936/参照。
以上のことから、Ⅰ型繊維は十分な負荷を与えた際にはⅡ型繊維と同様に肥大すると考えられる。サイズの原理より、Ⅱ型繊維が動員されるためにはⅠ型繊維も動員されないといけないのだから当然といえば当然だが。
筋繊維タイプの割合は先天的か後天的か
Ⅰ型繊維は筋肥大するが、筋繊維の役割から考えてⅡ型繊維よりも筋肥大しにくい。例えばヒラメ筋は全体の80%以上がⅠ型繊維であり、これがヒラメ筋が筋肥大しにくい理由と考えられている。そして筋繊維タイプの割合というのは同じ部位であっても個体差が存在する。
以上のことから先天的にⅡ型繊維が多い人の方が筋肥大が起こりやすいとも考えられる。筋繊維タイプは先天的な要素なのかそれとも後天的な要素なのだろうか。
1977年に行われた研究では、一卵性双生児と二卵性双生児でのⅠ型繊維とⅡ型繊維の割合について調査された。二卵性双生児と異なり一卵性双生児の男子と女子は、筋繊維の割合がほとんど同じであった。
このことから、生まれた時点での筋繊維の割合は先天的に決定し個体間で異なることが分かる。しかし筋繊維の割合は後天的に変化することが報告されている。
運動習慣の異なる一卵性双生児の筋繊維の割合と運動パフォーマンスについて30年間にわたり調査した研究を見てみよう。この研究の被験者の一卵性双生児の男性のうち、片方は継続的に持久的運動を行い、もう片方の男性に運動習慣はなかった。結果として、運動習慣のある男性はⅠ型繊維の占める割合が多く、運動習慣のない男性のⅠ型繊維とⅡ型繊維の割合は、半々程度だった。
https://www.researchgate.net/publication/326398362_Muscle_health_and_performance_in_monozygotic_twins_with_30_years_of_discordant_exercise_habits参照。UT:一卵性双生児のうち運動習慣のない男性、TT:一卵性双生児のうち運動習慣のある男性。
純粋筋、ハイブリット筋
筋繊維の割合は先天的に決まるが、後天的に変化するのだが、このような事態が発生するのは、Ⅰ型繊維とⅡ型繊維の中に純粋筋とハイブリット筋というものが存在するからである。
Ⅰ型繊維とⅡa型繊維、Ⅱx型繊維には、純粋筋という特定の筋繊維の性質のみを持つ筋繊維と、ハイブリット筋と呼ばれる他の筋繊維の持つ性質を併せ持つ筋繊維が存在することが明らかになっている。
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC1148850/及びhttps://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/31784473/参照。
研究によると、トレーニングの性質によりⅠ型繊維のハイブリット筋はⅠ型繊維かⅡa型繊維に、Ⅱa型繊維のハイブリット筋はⅡa型繊維かⅡx型繊維に、Ⅱx型繊維のハイブリット筋は1型繊維かⅡa型繊維かⅡx型繊維へと変化することができると示唆されている。
さらに、継続的に運動を行う者は、筋繊維全体にⅠ型繊維とⅡa型繊維の割合が高くなる傾向にある。
https://www.hituni.com/exercise/impact-training-muscle-fiber-types/より引用。運動習慣のない人、筋力トレーニング初中級者)、ウエイトリフター上級者、長距離走者の筋繊維の割合を示した図。 継続的にトレーニングを行うと、持久力が必要となり、Ⅰ型繊維とⅡa型繊維の割合が高くなると示唆される。(MHCⅠ:Ⅰ型純粋筋、MNCⅠ/Ⅱa:Ⅰ型ハイブリット筋、MHCⅡa:Ⅱa型繊維、MHCⅡa/Ⅱx:Ⅱa型ハイブリット筋、MHCⅡx:Ⅱx型純粋筋)
Ⅰ型繊維の多い部位は高回数が良くⅡ型繊維の多い部位は低回数が良いといわれるが、Ⅰ型繊維の多いカーフの筋肥大効果を低回数群(20~30回)と高回数群(6~10回)で比較した研究では筋肥大に有意差がないことが報告されている。カーフのトレーニングで高回数が選ばれる理由は低回数の方がカーフ以外の筋肉を使って動作することを抑制できるからだろう。これは腹筋のトレーニングで低回数が選ばれる理由とも似ており、筋繊維タイプを理由にしてはいない。
筋繊維のタイプに関係なく筋肥大は発生すること、筋繊維のタイプは運動習慣に依存して後天的に変化すること、行うトレーニングに依存して最適な筋繊維比率に変化することを考えると、筋繊維のタイプを考慮してトレーニングを変える必要なほぼないだろう。
まとめ
ヒトの骨格筋は大きくⅠ型繊維とⅡ型繊維に分類され、サイズの原理に基づいてⅠ型繊維から負荷に応じてⅡ型繊維が動員される。
筋繊維の割合は先天的に決まるが、個体が習慣的に行う運動に応じてハイブリット筋のタイプが変化する。先天的要素は存在するが、それは筋力トレーニングの方法を変える理由にはならない。
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