はじめに
筋肥大には、「漸進的オーバーロード」が必然である。この記事では「漸進的オーバーロード」について解説する。
この記事の目的は以下の通りである。
①現実的かつ効果的なオーバーロード管理を目指す。
②1セッション当たりの筋肥大効果を最大化する。
この記事ではまず漸進的オーバーロードとは何かを解説する。ここでは漸進的オーバーロードとトレーニングボリュームの関係を解説し、トレーニングボリュームを構成するセット数、レップ数(=回数)、負荷について解説する。
次にトレーニングボリュームを構成するセット数、レップ数、負荷について論文も参照しつつ筋肥大における最適を各要素で考察する。
漸進的オーバーロード
漸進的オーバーロードとは何か
漸進的オーバーロードは、「筋力トレーニングの総ボリュームを徐々に増やしていくこと」と定義できる。セット数×レップ数×負荷を用いて測定される。総ボリュームは1セッション当たり、週当たり、月当たりを基準に区切られることが多い。この記事ではボリュームの区切りを1セッションとする。
例えば1セッションで、60㎏のベンチプレスを10回3セット行ったとする。1セッション当たりのトレーニングボリュームは60×10×3で1800となる。次のセッションで62.5㎏で10回、10回、9回できたなら、トレーニングボリュームは1812.5となる。前回より少しだけトレーニングボリュームが増加している。これは単純化した例だが、これが漸進的オーバーロードの例である。
漸進的オーバーロードを達成するには、トレーニングボリュームを構成する要素であるセット数、レップ数、負荷を何らかの形で少しずつ増やしていく必要がある。
以下ではトレーニングボリュームを構成するセット数、レップ数、負荷について解説する。
負荷
この負荷という概念、定義が曖昧である。ここでいう負荷とは、筋肥大のためのものとする。そして筋肥大のみを目的として負荷を定義するなら。「1レップ当たりの仕事率」と定義できる。この意味での負荷オーバーロードする必要がある。負荷の理解には簡単な物理の理論が関係する。
仕事とは物理の分野で、「物体に力を加え、物体をその力の向きに動かすこと」を意味する。そして仕事は、力と移動距離の積で求められる。例えば100㎏スクワットでバーベルをボトムからパラレルまで動す場合と、ボトムからトップまで動かす場合では、後者の方が仕事量が大きい。
仕事率とは、1秒間辺りにする仕事量と定義され、仕事率は仕事から仕事にかかった時間を割ることで求められる。例えば100㎏スクワットでボトムからトップまで1秒で持っていく方が、5秒かけて持っていく方よりも仕事率は高いといえる。
作用反作用の法則より、バーベルに対しての筋出力は筋繊維に戻ってくる。つまり仕事率を高めるほど筋繊維への負荷が高くなるといえる。
負荷を高めることは仕事率を高めることにあり、仕事率は大きく力(≒使用重量)、移動距離、仕事にかかった時間から構成される。そして筋力トレーニングでは「骨格筋が最も使用される条件」で運動することが重要になる。このことから、移動距離は対象筋にとってのフルレンジ、動作は爆発的挙上(仕事にかかる時間が少なく、かつⅡ型繊維も動員しやすい)と固定できる。
以上のことから筋肥大のための負荷オーバーロードは、「対象筋にとってのフルレンジかつ爆発的挙上という条件での使用重量」を高めることいえる。そのため負荷オーバーロード≒重量オーバーロードである。
レップ数
レップ数については解説する必要がないだろう。レップ数は負荷で触れた条件を遵守したうえで何回繰り返すことができるかで決まる。3回繰り返すと3レップ、10回繰り返すと10レップである。
セット数
1セットは、「休憩なしで連続して行う反復運動」と定義できる。スクワットをラックから外し、休憩なしで目標回数反復してラックにかけるまでが1セットである。そして休憩をはさんで繰り返した合計数が1セッション当たりのセット数である。
セットとセットの間には休憩が存在している。休息は大きく低レスト(30秒以下)、中レスト(60~90秒程度)、長レスト(3分以上)に分けられ、休憩の挟み方によって心肺機能の回復度合いと筋繊維の回復度合いが変わる。
セット数の定義から見ると、レストポーズ法やドロップセット法は多セット法のように思える。
セット数オーバーロード
ここまでで漸進的オーバーロードとボリュームに関わる3要素について解説した。ここからは筋肥大を最適化するセット数、レップ数、重量について考察する。
週当たりのセット数について
2021年のシステマティックレビューでは、週12セット未満の群と、週20セット未満の群と、週20セット以上の群で、大腿四頭筋と上腕二頭筋、上腕三頭筋の筋断面積の調査が行われた、結果として、大腿四頭筋では週たり20セット未満の群で、上腕三頭筋では週当たり20セット以上の群で筋断面積の最も良い増加が見られた。この調査は実験期間が6週間以上で、参加者がトレーニング歴1年以上かつ18~35歳という年齢幅であった。
こちらの研究では、週当たり5セット以下、5~9セット、10セット以上でのセット数と筋肥大の関係が調査され、セット数と筋肥大の間に相関関係がみられると結論付けた。
複数の研究で、セット数を増やしまくるとトレーニングボリュームが爆発的に増えるので効果的と報告されている。これらの研究はセット数は1セッション当たりではなく週当たりで区切っている。
筆者はセット数及びトレーニングボリュームの管理については1週間ではなく1セッションで区切るほうが良いと考えている。というのも区切りが1セッションの方が多くの人に応用しやすく、管理しやすいからだ。理想的であっても実践できなければ意味がない。
研究結果だけ見ると、全身法で各セッション各部位5~6セット週4~7回行うプログラムが筋肥大に理想的といえる。しかしこのプログラムをこなすことができる人がどれくらいいるだろうか。確かにこのプログラムをこなすことが目的なら遂行可能である。しかし筋肥大を達成するなら条件が追加される。「各セット限界付近まで反復すること」である。半端な限界ではなく本当の限界である。
途中でケガをしたり燃え尽きたりして理想的なプログラムを継続することは困難である。特に上級者になるほど理想的なプログラムが現実的でないことが理解できる。というのも使用重量が高くなればなるほど、限界付近でのケガの可能性が高くなるし、上級者になるにつれて月単位年単位で獲得できる筋肥大が少なくなるからである。週当たりのボリュームを増やしても獲得できる筋量に数gの差しかないとしたらリスクに対してメリットがあっていない。
この記事ではトレーニングボリュームの管理を1セッションで区切り、1セッション当たりの筋肥大効果を最大化する。ボディビルダーのように人生の多くを筋肥大に捧げることができない人であっても実践可能なオーバーロード管理の案を提供する。1セッションの効果を最大化し、それをどの程度の頻度でできるかは各人の環境や努力に任せる。
1セッション当たりのセット数
ここでは複数の研究と筆者の経験も参照しながら、1セッションでの筋肥大を発生させるセット数の閾値について考察する。
運動経験のない被検者18人を、1セッション当たり1セット行う群、3セット行う群、5セット行う群に分け、週3回のトレーニングを6か月行った研究がある。この研究の結果は、筋肥大について1セット群よりも3セット群、3セット群よりも5セット群の方が筋肥大効果は高かったことと、特に1セット群に関してはトレーニング前とほとんど変化がなかったことを報告した。
この研究から、1セッション当たりのセット数と筋肥大には、5セットまでは相関関係があると思われる。また各セッション1セットでは筋肥大効果はほとんどないと思われる。これはボリュームがあまりにも少なすぎるからだろう。
筆者は1セットで本当に限界まで行うプログラムを3か月ほど行ったことがあるが、努力の割に筋肥大しなかったことを覚えている。一方でフォームを遵守したうえでの使用重量は向上した。1セッション当たり1セットで神経系の発達は十分にできるが、筋肥大を達成するボリュームが足りないと思われる。
またこの研究からヘビーデューティ法が効果がないように思われるが、あれこそ時短でトレーニングボリュームを稼ぐ方法である。ヘビーデューティトレーニングは8~12RMを1セット限界までやって終わりではなく、そこからレストポーズを何発も入れて、さらに補助者のネガティブを入れるというトレーニングである。レストポーズで3セット分くらい、ネガティブオンリーで2セットくらいの刺激が対象筋に入る。
この研究では、1セット、2~3セット、4~6セットでの筋肥大効果が調査された。研究結果は、1セットよりも多セットの方が筋肥大効果が40%高かったこと、2~3セットよりも4~6セットの方が筋肥大効果が高かったことが報告された。
この研究からも、1セッション当たり5~6セットくらいまではセット数と筋肥大に相関関係があることが分かる。そして筋肥大を達成するための1セッション当たりのミニマムは2セットであると考えられる。
この研究では、1セットと2~3セットとを比較した際の筋肥大の差よりも、2~3セットと4~6セットとを比較した際の筋肥大の差が小さかったことが報告されている。このことから、6セット付近までは筋肥大効果は高くなるが、効果の伸び幅が小さくなることが分かる。
では1セッション当たりのセット数と筋肥大の相関関係はどこまで続くのだろうか。GVTについて調査した研究を見てみよう。
GVTの筋肥大効果を調査した研究では、10セットと5セットのグループに分け、筋肥大や筋力の差を調査した。結果として5セット群も10セット群も筋肥大効果に有意差がなかった。
※German Volume Training(GVT)とは、20RMの負荷で10レップ10セット、休憩60秒~90秒程度で行うトレーニング法である。
上腕二頭筋に関しては5セット群の方が肥大している。一方で大腿四頭筋と上腕三頭筋に関しては有意差としては出ていないが10セット群の方が少し筋肥大効果は大きいように見える。これは羽状筋が紡錘状筋と比較してスタミナが大きく、高ボリュームとの反応が良いからかもしれない。
この研究の興味深いところは、10セット群の方がボリュームが大きかったにもかかわらず上記の結果が報告されたところにある。
この研究では、49人の男性被検者を、9セット群(17人)、18セット群(15人)、27セット群(17人)に分け、6週間の間での筋肥大の差を調査した。食餌管理ありで、対象筋は上腕二頭筋、9セット群は週1回、18セットと27セット群では週2回の頻度で行った。
結果として、すべての群で筋肥大効果はあった。9セット群と18セット群、27セット群では筋肥大に有意差はなかった。被験者はトレーニング経験者であった。
この研究は9セット群は週1、18セット群は9セット週2回、27セット群はおそらく13~14セット週2回のトレーニングを行った。これで有意差がなかったというのは興味深い。複数の研究を勘案すると、1セッションでの筋肥大効果とセット数の相関関係は2セットから5~6セットの間までは強いが、それ以降は弱くなり、トレーニング歴に関係なく10セット辺りで閾値を迎えると考えられる。
この研究の制限要員としては、参加者は研究外でトレーニングを行うことが許可されていたことと、逆手のラットプルダウンとベントオーバーローイングも上腕二頭筋の種目としてカウントしていたことがあげられる。そのためこの研究は参考程度のもので信憑性は低い。
まとめ
ここではセット数について、区切りを1セッションとして考察してきた。
1セッション当たり純粋な1セットでは、神経系の発達は見込めるが筋肥大はほとんど見込めない。これは圧倒的にボリュームが少ないからであろう。
1セッション当たりのセット数と筋肥大の関係は、2セットから6セットくらいまでは相関関係がみられるが、6セットから10セットの間では相関関係は弱くなりプラトーを迎えると考えられる。
1セッション当たりのセット数5~6セットくらいが最も良いと考えられる。ただこれが1種目辺りなのか、対象部位当たりなのかははっきりしない。
例えばレッグエクステンションとハックスクワットでは最大負荷の発生する位置が異なり刺激が少し異なるが、レッグエクステンション6セットとハックスクワット6セット計12セットと、レッグエクステンション3セットとハックスクワット3セット計6セットで筋肥大の効果が同じなのかはわからない。
7~9セットの筋肥大に対する効果の違いについてはわからない。しかし複数の研究の結果から5セット程度のセット数と効果に差はないと思われる。
重量オーバーロード
高重量でも低重量でも筋肥大は起こる
高重量であっても低重量であっても、トレーニングボリュームに差がなければ筋肥大効果に差がないということは、多くの人が知っているだろう。
60%1RM以下でトレーニングする低負荷グループと、60%1RM以上でトレーニングする高負荷グループでの筋肥大効果の差を調査した研究では、筋肥大に関しては両グループ間で有意差は見られなかった。
一方で筋力に関しては高負荷グループは1RMの向上に明確な有意差を示し、低負荷グループと比較してほぼ確実な差があると推定された。
こちらの研究では、トレーニングボリュームを等しくした状態で、片方の群は10RMで3セットのトレーニングを行った。もう片方の群は3RMで7セットのトレーニングを行った。結果として後者ではベンチプレス、スクワットの1RMが有意に向上したが、筋肥大において両者に有意差はなかった。
上記の二つの論文は低重量と高重量での筋肥大効果を比較した研究である。両方とも筋肥大効果は同じであるが筋力は高重量群の方が増加した、という結果を報告している。
筋肥大は幅広い重量で達成されるが、では筋肥大が見込まれる重量の下限はどれくらいだろうか。鉛筆1本持ってカールしても筋肉はつかないはずである。
13人の被験者に、肘関節の屈曲(レッグカールの動き)とレッグプレスを用い、重量による筋肥大の効果の違いを調べた。結果として、20%、40%、60%、80%1RM、にて、40%、60%、80%1RMでは同等の筋肥大が生じたのに対して、20%1RMでは、筋肥大の度合いが急激に低下した。
20%1RMは100㎏ベンチプレスができる人にとってのバーのみに相当するので、かなり軽い重量であることが分かる。
筋肥大を目的とするなら、20%1RM以上の重量を選択すると良いだろう。
重量オーバーロードと回数オーバーロードの比較
重量オーバーロードと回数オーバーロードには、オーバーロードの質に違いがあるのだろうか。例えば重量より回数でオーバーロードした方がより筋肥大するのだろうか。
スクワット、レッグエクステンション、カーフレイズ、シーテッドカーフレイズで、使用重量をそのままにして回数を増やすグループと、回数をそのままにして重量を伸ばすグループに分けて筋肥大の差が調査された。この研究の実験期間は8週間で、実験期間終了後にスミススクワットにて1RMが測定され、大腿直筋と外側広筋、ヒラメ筋と腓腹筋での筋肥大が測定された。この研究の被検者は43人で重量群は男性13人女性9人、回数群は男性21人女性7人であった。
結果として、大腿直筋では回数の方がやや多く筋肥大が見られ、筋力に関しては重量群の方が増加したが、その他の有意差は見られなかった。
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/36199287/及びhttps://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/38286426/参照。
大腿直筋に関しては回数の方が重量よりも多くの筋肥大が見られた。外側広筋で同様の結果を報告する文献もみられるので、大腿四頭筋に関してはある程度の重量まで到達したら回数オーバーロードを優先すると良いかもしれない。ただこれはあくまで推測の域である。
基本的に回数であろうと重量であろうとオーバーロード出来ていれば筋肥大が発生することが分かる。またこの結果は、筋力を伸ばすには重量を伸ばすという他の研究結果を補強している。
重量オーバーロードは限界付近まで反復していれば、20%1RM以上であれば幅広い重量で発生することが分かり、回数オーバーロードと質的差はないように思われる。また高重量の方が筋肥大と共に筋力も向上することが分かった。
重量選択と筋肥大様式の違い
最後に重量設定による筋肥大様式の違いについて解説する。
今までこの記事で筋肥大という言葉を多く使ってきたが、この筋肥大には「筋原線維肥大」と「筋形質肥大」という二つの様式が存在している。これらはともに筋肥大という結果を発生させるが、結果を発生させるためのトリガー及びプロセスが異なる。
筋原線維肥大とは、筋繊維の最小単位かつ筋繊維の収縮に関与する組織である筋原線維が肥大する現象である。筋形質肥大とは、筋形質を覆う細胞膜が肥大することで、筋形質(細胞における細胞質にあたる部分)の体積が大きくなる現象である。どちらも筋肥大という結果をもたらすが、筋原線維肥大は収縮のための組織が大きくなるため筋肥大に追加して筋力の向上という効果も有する。筋形質肥大では筋力向上は起こらない。
筋原線維肥大と筋形質肥大のイメージ。
筋原線維肥大のトリガーは、トレーニングを通じて発生する物理的な張力が筋繊維にかかることで発生するといわれている。運動中に蓄積する代謝物やパンプが筋形質体積を増加させ、内側から細胞膜に張力がかかることで、筋形質肥大のトリガーが発生する発生するといわれる。
トリガー発生から結果までのメカニズムについては詳しく分かっていない。ただ我々の目的は筋肥大という現象を発生させることで、現象を発生させるためのトリガーを筋力トレーニングで起こすことである。トリガーから筋肥大までの過程の解明は研究者に任せるとしよう。そして我々は重量選択によって筋肥大に占める様式の割合が異なってくることをすでに知っている。
重量オーバーロードで挙げた複数の研究論文で、低重量群と高重量群で筋肥大に有意差はなかったが、高重量群の方が筋力が有意に向上したという結果が得られた。この結果と筋肥大様式の違いを合わせると、高重量を使用すると筋肥大に占める筋原線維肥大の割合が多くなること、低重量を使用すると筋肥大に占める筋形質肥大の割合が高くなる、といえる。
重量の違いによって筋肥大の差はないが、筋肉量の増加様式には違いがあるといえる。筋原線維肥大及び筋形質肥大発生までの過程については詳しくわからないが、高重量が筋原線維肥大のトリガーとして、低重量が筋形質肥大のトリガーとして働きやすいことは明らかである。
ここまで理解して、筋形質肥大に全振りすればよいのではと考えるが、長期的なオーバーロードには筋原線維肥大が必要である。というのも1セッション当たりのセット数はある程度閾値があり、後述するが筋原線維肥大も筋形質肥大もいい塩梅で狙えるレップ数というのが示唆され、セット数オーバーロードと回数オーバーロードに閾値がみられるからである。セット数と回数を最適化し、筋肥大のための仕事率も最適化した場合、最終的にオーバーロードできる要素は使用重量(≒筋力)のみになる。
回数(レップ数)オーバーロード
重量とレップ数の関係
レップ数と使用重量には一定の関係がみられる。この関係を表したものをRM換算表という。例えば100㎏のベンチプレスを1回できる場合、RM換算表に基づくと70㎏のベンチプレスなら11回できると計算することができる。
https://barbend.com/build-your-1-rep-max-calculator/より引用。RM換算表。
RM換算表があてにならないときもある。例えば100㎏のスクワットができるとしてもそれがハーフスクワットであった場合、65㎏のスクワットをフルレンジで15回できるとは限らない。RM換算表の正しさについてはわからないが、筋肥大のためのレップ数と重量を管理する道具としては扱いやすい。
RM換算表に基づくと、回数と重量というのは密接な関係にある。高回数であるほど使用重量は低重量になるし、高重量になるほど回数は低回数になる。重量オーバーロードのところで具体的な重量について触れなかったのは、回数と一緒に解説したほうが分かりやすいと思ったからである。
価値あるレップとは
「トレーニングで多くの筋繊維を動員する理論と方法」という記事で解説したが、1セットのすべてのレップが同等の筋肥大効果を有するわけではない。限界に近いほど動員される筋繊維が多くなるので、最後のレップの方が最初のレップよりも筋肥大における価値が高い。これはサイズの原理から理解することができる。
このことから限界に近いレップを狙うことは絶対条件といえる。トレーニングボリュームを稼ぐことができるからといってレップを稼げばよいわけではない。筋肥大効果が高いレップを稼ごう。
限界近くまで反復することが絶対条件ではあるが、この条件さえ満たせればどんな回数であろうと問題ないのだろうか。回数(=重量)によって変わってくる要素は、1セットでの筋繊維の総動員数と筋肥大に占める筋原線維肥大と筋形質肥大の割合の違いの二つと考えられる。
助走のレップでも筋繊維は動員されるので、むしろ高回数の方が限界まで行った際のトータルの筋繊維動員数は高くなる。例えば20レップと8レップでは、本当の限界までやった場合には20レップの方が助走が長いので動員された筋繊維の数は多い。ただこの助走の違いは微々たるもので、あまりにも軽い重量で限界まで行うことは高重量よりも精神的限界を超えることが難しかったり、リターンに合わない過度なグリコーゲン消費が必要だったりと、筆者は現実的ではないと考えている。
回数(=重量)によって変わってくるのは筋原線維肥大と筋形質肥大の割合と考えると良いだろう。以下で回数に関する研究を考察しする。
エネルギー供給系から筋肥大を最大化する回数を考察する
回数は大きく低回数(1~5回)、中回数(6~12回)、高回数(12回以上)の3つに分けることができる。回数の分ける基準は、骨格筋を収縮する際に使用されるエネルギー供給系である。ここではエネルギー供給系の基本的な部分のみを解説し、各回数での特徴を理解する。
ヒトの身体は骨格筋だけでなく筋肉を収縮させるためにATPを産出する。このATPが加水分解によってADPに分解されるときに放出されるエネルギーが筋肉の収縮に使用される。
ATPを産出する過程はATP-PCr系、解糖系、酸化的リン酸化系の3種類があり、酸素の有無で無酸素系(ATP-PCr系、無酸素解糖系)と有酸素系(有酸素解糖系、酸化的リン酸化系)に分けられる。
3種類のエネルギー供給系の詳細な過程は説明しないが、それぞれの供給系はATP-PCr系、無酸素解糖系、有酸素系の順で過程が複雑になっていく。これはATP-PCr系が最も早くATPを産出できることを意味している。
つまり瞬発的な運動若しくは高重量を扱う低回数の運動では使用されるエネルギーの多くがATP-PCr系から、中回数の運動では無酸素解糖系から、高回数の運動では有酸素系から供給される。
ATP-PCr系はリン酸とADPが結合することでATPが再生される。ATP再生に使用されるエネルギーは、クレアチンリン酸がクレアチンとリン酸に分解された際に生じたエネルギーに由来する。
ATP-PCr系は他の供給系と比較して組織を介してATPが産出されないので過程が単純で、即座にエネルギーを供給することができるというメリットを持つが、持続的にエネルギーを供給することができないというデメリットも持つ。
出典:Physiology of Sport and Exercise 5th edition p55
解糖系はグルコースを分解することでATPを産出する供給系である。無酸素解糖系と有酸素解糖系の違いは過程の最後でつくられるピルビン酸の性質であり、無酸素系ではピルビン酸は疲労物質である乳酸に変換される。一方で有酸素系ではピルビン酸は乳酸ではなくアセチルCoAに変換される。そしてアセチルCoAは有酸素系のクエン酸回路にはいり、ATP産出に利用される。
無酸素解糖系の特徴として乳酸の蓄積がある。解糖系エネルギーが支配的になっている際の乳酸濃度は安静時の25倍ともいわれており、乳酸が筋肉内に蓄積し筋肉が酸性化すると、解糖系酵素の機能が低下するためグリコーゲンのさらなる分解が抑制されてしまう。さらに乳酸による筋肉の酸性化により筋繊維が収縮するために必要なカルシウム結合が阻害される。以上のことから、嫌気性解糖により蓄積される乳酸は疲労を誘発し、運動の継続を困難にしてしまう。
有酸素系の場合疲労物質である乳酸をアセチルCoAに変換することで上記のような事態を回避し長期的運動を可能にしている。
有酸素系での脂質からのATP産出についてはここでは解説しない。
高回数トレーニングでは成長ホルモンやテストステロンといったホルモンの分泌が増加するため、高回数トレーニングはホルモンの観点から筋肥大に貢献すると主張する文献が存在するが、内因性ホルモン分泌は筋肥大に貢献する度合いが少ない。というのもトレーニングを通じて分泌される内因性ホルモンは外部から投与されるホルモンの量と比較してかなり少なく、内因性テストステロンに関しては血中濃度がトレーニング後3時程度で通常に戻るからである。ホルモンの観点から筋肥大を促すにはあまりにも量が少なく局所的である。
代謝的ストレスには水のむくみや代謝物蓄積といった細胞内の体積の変化と、ホルモン分泌の二つがあるが、内因性ホルモン分泌は筋肥大のトリガーを引き起こさないと考えてよいだろう。代謝ストレスが無意味とする主張は筋形質肥大を無視している。
低回数も中回数も、共に筋肥大に貢献するが、特に中回数の方が筋肥大に大きく貢献するといわれている。中回数の方が低回数よりも筋肥大に貢献する理由の一つとしてエネルギー供給系の違いがあげられる。
低回数のトレーニングは使用されるエネルギーがATP-PCr系によって賄われるが、中回数のトレーニングは無酸素解糖系によって賄われる。中回数のトレーニングでは代謝物が大きく増加するという特徴があり、この特徴は低回数及び有酸素系が有意になる高回数にはない特徴である。このことを踏まえると、筋原線維肥大も筋形質肥大も良いバランスで見込める回数は中回数であると考えられる。
また中回数トレーニングでは、急性的な細胞水和の増加を引き起こす。これは「パンプ」といわれる現象である。パンプという現象ついては説明しないが、パンプの結果として、細胞外と細胞内で圧力が変化し、浸透圧の関係から細胞内への水分の流入が促進される。この現象が筋形質肥大に効果的であることはここまで読んでいれば理解できるはずだ。
エネルギー供給系の観点から、中回数が筋原線維肥大だけでなく筋形質肥大を引き起こすトリガーも含んでいると示唆され、筋肥大を最大化できると思われる。
筋肥大を最大化する場合、回数は6~12回程度を選択すると良いだろう。重量としては67%1RM~85%1RM程度を選択し、6~12回できる重量を向上させていくという形でオーバーロードすると良い。例えば筆者はレッグエクステンションの場合10~12回くらいを狙うようにしている。まず10回できる重量をRM換算表に基づいて算出し、その重量が12回できるように回数オーバーロードをとる。12回できるようになったら13回を狙うのではなくRM換算表に基づいて10回できる重量を算出し重量オーバーロードする、という形でオーバーロードをする。
まとめ
今回は漸進的オーバーロードと、それを構成するセット数、レップ数、負荷(=重量)について研究を紹介しつつ考察した。
セット数に関しては、1セッション当たりの閾値は5~6セット付近と考えられる。週当たりのセット数の上限は環境やトレーニング歴に左右され、長期間継続することが困難といえる。セット数に関しては1セッション当たりの効果を最大化し、週当たりどれくらいセットをこなすことができるかは各人の環境に合わせると良い。
回数と重量はRM換算表に基づいて関係がある。筋肥大には筋原線維肥大と筋形質肥大の二つの様式があり、両方のトリガーを引き起こせる回数は6~12回の範囲と考えられる。この範囲で回数オーバーロード及び重量オーバーロードを行うと良い。
5~6セットの範囲で、レップ数は6~12回の範囲を選択し、RM換算表に基づいて重量オーバーロードをする。こうすることで管理するオーバーロードが重量のみになり管理が容易になるとともに、1セッション当たりの筋肥大効果を最大化できる。
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